大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌地方裁判所 昭和33年(モ)852号 決定

申立人 王子製紙労働組合苫小牧支部

相手方 王子製紙工業株式会社

主文

本件異議申立を却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

本件異議の理由は相手方は、相手方と申立人間の当庁昭和三十三年(ヨ)第二四一号立入禁止等仮処分申請事件につき同年九月十一日更に執行吏三名に委任することを理由として仮処分決定正本三通の附与を申請し当庁裁判所書記官はこれを附与した。しかしながら民事訴訟法第五百二十三条第五百二十六条によれば同時執行の為執行文を附与し得るのは一箇の地、又は一箇の方法では請求の完全な実現を得ることのできない場合に限定されている。而して右一個の地とは一の執行吏の管轄区域のことを指し一箇の方法とは執行手続を異にする各種の財産に対する執行方法をいうのである。従て請求の完全な実現を得るためには執行吏の管轄区域が二以上に及び又は二種以上の執行手続によらなければならない場合にはじめて数通の執行文が同時執行の為に附与されることとなる。然かるに本件仮処分決定にあつてはその主文第一項は送達を以て執行は終り所謂狭義の執行を要しないものであり第二項の妨害排除の部分は一の執行吏がその管轄区域内で且つ一箇の方法で執行し得る場合であつて前記第五百三十六条の要件には当らない。若しそれ本件において一人の執行吏では請求権の完全な実現が得られないとするならばそれは執達吏規則第十一条並びに執行吏手続規則第十四条によるべくこれによらずして紊りに法文の拡張解釈は許されない。しからば本件において前記三通の決定正本を附与したことは違法であるから右正本に基く執行は許さるべきものではないと謂うのである。

そこで先づ仮差押仮処分決定正本を同時に数通附与することが許されるかどうかについて考えてみるに仮差押仮処分決定はその性質上当然に執行力を生ずるものであるから原則として執行力の現存を執行文をもつて公証させる必要がなくただ決定後に債権者又は債務者に承継があり決定に表示された当事者以外の者の為に又はこれに対して執行する場合にのみ例外として執行文の付記を必要とするものであることは民事訴訟法第七百四十九条の明定することである。しかしこの点を除き右決定正本の効力は他の執行力ある正本と同様総て本邦の裁判区域内全部に及びその内容によつては数個の地又は数個の方法により同時に保全執行をすることができるものであり特に正本を附与すべき場合を限定した規定もなく又数通の正本を同時に附与することは何等右決定の性質に反するものではないから同法第五百二十三条第五百二十六条の規定は右正本の附与につき準用あるものと解するのが相当である。

しかして同法第五百二十六条の趣旨はまさに異議理由の指摘するとおりであるけれども同条は債務名義の内容に従い同時に数通の正本に基きそれぞれ固有の強制執行乃至保全執行を為し得べき場合を定めたのであつて同時に数通の正本を附与すべき必要性を同条所定の場合にのみ限定した趣旨と解すべきではない。

本件仮処分決定は先づ債務者である申立人組合に対し債権者である相手方の指定する従業員及びその他の者の出入を実力を以て妨害してはならない旨の不作為を命じ次で右不作為命令に違反した場合の措置として執行吏に委任してその妨害行為を排除し得ることを相手方に授権したものであることは右仮処分決定事件の記録に徴し明かである。しかれば右授権に基き相手方は右妨害を排除する為にはその必要に応じ一人乃至数人の執行吏を実施者として委任し得ることは当然であつて、委任すべき執行吏はただ一人に限られその執行吏は執達吏規則第十一条執行吏手続規則第十四条により補助者を使用し得るに過ぎないと解すべき何等の根拠がない。しかし相手方が右委任に際し実施すべき仮処分決定の内容を知らしめる等の理由により執行吏に決定正本を交付する必要のあることは民事訴訟法第五百三十四条の規定に照し明かであり又その附与によつて申立人に損害を蒙らしめる虞も存しないのであるから相手方が執行吏三名に委任することを理由として本件仮処分決定正本三通の附与申請に対し当庁裁判所書記官が裁判長の命令を得てこれを附与した処置は何等違法ではないから本件異議は理由がないものとして排斥を免れない。

仍て申立費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり決定する。

(裁判官 杉山孝 石垣光雄 小川昭二郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例